番組提供の広告効果とオケージョン認知
- 敦 緒方
- 1 日前
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広告評価指標の変遷とオケージョン認知の登場
現代のマーケティングにおいて、消費者のメディア接触行動はかつてないほど複雑化し、断片化しています。
テレビ、交通広告、デジタルメディア、モバイル端末など、生活者が一日に触れる情報の奔流の中で、従来の「リーチ(到達率)」や「フリークエンシー(接触頻度)」といった量的な評価指標のみでは、広告が消費者の心にどのように刻まれ、いかなる行動を促したのかを十分に説明することが困難となっています。
このような背景から、株式会社ジェイアール東日本企画(jeki)が2015年に提唱した「オケージョン認知」という概念は、広告効果を「接触の量」ではなく「記憶の質」という側面から捉え直す新しいパラダイムを提示した 。
オケージョン認知とは、「広告そのものについての記憶が、その広告に接した時の状況や場面(オケージョン)の記憶と結びついた形で保持されていること」と定義されています 。
つまり、単に「その商品を知っている」「広告を見た覚えがある」という状態から一歩踏み込み、「いつ、どこで、どのような状況でその広告に出会ったか」という文脈とともに記憶されている状態を指します。
この概念は当初、生活導線上で繰り返し接触する交通広告の特性を評価するために開発されましたが、その後の研究により、テレビ広告、特に特定の番組を継続的に支援する「番組提供広告(タイム広告)」の効果を説明する上でも極めて有効な理論的枠組みであることが明らかになってきました 。
テレビ広告、とりわけタイム広告は、特定の番組枠において継続的に放送されるため、視聴者の生活ルーチンや番組の文脈と深く結びつきやすい。
本レポートでは、オケージョン認知がいかにしてタイム広告の広告効果を精緻に説明し、従来の指標では捉えきれなかった「質の高い認知」を可視化できるのかを、心理学的知見と豊富な調査データに基づき詳細に検証します。
オケージョン認知の理論的基盤と心理学的メカニズム
オケージョン認知がなぜ行動喚起に強い影響を及ぼすのかを理解するためには、人間が情報を記憶・処理する際の心理的プロセスを解明する必要があります。
ジェイアール東日本企画と青山学院大学の久保田進彦教授による共同研究では、この現象を「記憶の構造」の観点から分析しています 。
エピソード記憶と意味記憶の統合
心理学において、長期記憶は大きく「意味記憶」と「エピソード記憶」に分類されます。
意味記憶が言葉の意味や事実(例:ブランド名、商品の機能)に関する知識であるのに対して、エピソード記憶は、個人の経験としての出来事(例:誰と、どこで、どのような感情でそれを見たか)に関する記憶です。
従来の広告認知の多くは意味記憶の領域に留まりがちですが、オケージョン認知は広告体験をエピソード記憶として脳内に定着させるプロセスを伴います。
広告がエピソード記憶として保存されると、その「場面」が想起されるたびに広告の内容が自動的に活性化されます。
例えば、夕食の準備を始めようとした時に、いつも見ている夕方のニュース番組で流れていた調味料の広告を思い出すといった現象です。
このように、特定の「オケージョン」がトリガーとなってブランド想起が起こるため、単なる事実の記憶よりも行動に結びつきやすいという特性があります。
メディア接触時の心理状態と「心の構え」
生活者が広告に接触する際の心理状態は、メディアの種類や場所によって大きく異なります。
jekiのオケージョン認知プロジェクトでは、家の中での心理状態と外での心理状態の違いを指摘しており、これを「心の構え方」の相違と表現しています 。
テレビ視聴は、多くの場合リビングというリラックスした空間で行われますが、番組提供広告においては、視聴者は特定の番組世界に「没入」している状態にあると考えられます。
この高い関与度(エンゲージメント)こそが、広告情報を単なるノイズとしてではなく、その時の「豊かな体験(オケージョン)」の一部として記憶に焼き付ける土壌となります。
テレビ番組提供広告=タイム広告とオケージョンの親和性
テレビ広告には「スポット広告」と「タイム広告(番組提供)」の二つの大きな放送形態がありますが、オケージョン認知の理論を適用した場合、タイム広告の方がより強力に「状況と結びついた記憶」を形成しやすいと考えられます。
これは、タイム広告が持つ「継続性」「文脈性」「習慣性」という三つの特性に起因します。
継続性とシリーズ展開による記憶の強化
タイム広告は特定の番組のスポンサーとして、毎週あるいは毎日の決まった時間に広告を放送します。
ビデオリサーチの調査によれば、同一タレントを起用したシリーズ性のあるCMは、そうでないCMに比べてCM認知率が平均で6ポイント高くなる傾向にあるります。
※VRdigest 2015.9.17「シリーズCMでCM認知率は〇倍に!単発CMとの効果差を確認」より
一貫性のあるシリーズ展開を、同じ番組の文脈で継続的に行うことにより、視聴者の中で「この番組を見ている時は、このブランドの物語に触れる」という強力なオケージョン認知が形成される と考えられます。
番組コンテンツとの文脈的連動(コンテクスト効果)
タイム広告の最大の強みは、番組本編の内容と広告の内容を調和させる「コンテクスト・アプローチ」が可能である点にあります 。
電通の分析によれば、番組の文脈とCMの内容が関連している場合、商品への関与が劇的に高まることが検証されています。
※電通報 2021.5.27「タイム広告を効果的に使いこなす4つのアプローチ」より
例えば、グルメ番組で美味しい料理の映像を堪能した直後に、ビールの冷涼感あふれるCMが流れるといった展開です。
視聴者の五感が番組によって刺激されているという「心理的オケージョン」に、広告のメッセージを乗せることで、広告は単なる情報の断片ではなく、視聴体験の一部として深く記憶に刻まれます。
習慣視聴(ルーチン)による安定した接触
テレビ番組、特にゴールデンタイムのレギュラー番組や朝の情報番組などは、視聴者の生活リズム(ルーチン)に組み込まれている。特定の曜日の決まった時間にその番組を見るという行為自体が、視聴者にとっての「オケージョン」となります。
この安定した枠組みの中で繰り返し広告に接触することは、広告体験の「エピソード化」を促進し、長期的なブランド保持に寄与すると考えられます。
オケージョン認知がもたらす態度変容とKPIへの影響
jekiが実施した大規模調査によれば、オケージョン認知が成立している層と、単なる広告認知に留まっている層では、その後の態度変容や行動喚起率に顕著な差が見られることが証明されています。
態度変容率の比較分析
久保田教授の監修による第2回定量調査(茶系飲料を対象)では、オケージョン認知の深さが重要KPIに与える影響が詳細に分析されました。
調査では、広告接触時の状況を「はっきりと思い出せる」「何となく思い出せる」と回答した群をオケージョン認知ありと定義しています。
評価項目(KPI) | オケージョン認知あり | オケージョン認知なし | 傾向と考察 |
検索意向 | 高い | 低い | 状況とともに覚えている広告は、想起されやすく自発的な情報探索を促す |
推奨意向 | 高い | 低い | エピソードとして記憶されることで、他者への語り部となりやすい 。 |
購入意向 | 高い | 低い | 購買シーン(オケージョン)と結びついているため、店頭での選択に直結する 。 |
この調査結果は、テレビ広告においても「オケージョン認知した人の方が態度変容率が高い」という傾向を明確に示しています 。特に注目すべきは、テレビ広告単体では課題となりやすい「行動系KPI(検索、推奨、購入)」への接続が、オケージョン認知を介することで大幅に強化される点にあります 。
テレビ広告からの行動喚起メカニズム
通常、テレビ広告は「認知拡大」の手段として位置づけられることが多いのですが、オケージョン認知の視点で見ると、それは「行動のスイッチ」としての役割も担っています。
タイム広告のように、視聴者の特定の欲求が高まるタイミング(例:リラックスしたい、夕食の献立に悩んでいる)に合わせた放送を行うことで、ブランドのニーズをピンポイントで喚起し続けることが可能となります。
電通が提唱する「モーメント・アプローチ」によれば、朝は「一日のスタートを切る」、週末は「楽しいことに関心がある」といった時間帯ごとのターゲットの欲求を、タイム広告を通じて刺激することが、行動喚起の最大化に繋がるとされています。
3メディア連動調査に見るテレビ広告の役割とオケージョン認知
2019年にjekiが発表した「テレビ・交通・モバイル広告連動性調査」は、オケージョン認知をメディアミックスの共通評価指標として活用した画期的な研究です。
この調査により、テレビ広告が単体で機能するだけでなく、他メディアと連動することでオケージョン認知を劇的に高めるメカニズムが解明されました 。
重層的なメディアミックスによる連動効果
調査では、テレビ、交通、モバイルの3メディアの組み合わせによる広告効果を検証しています。
以下の表は、各メディアの連動が行動系KPIに与える影響を示したものです。
広告接触パターン | 購入意向率 | 検索行動率 | 推奨行動率 |
テレビ広告単体 | 基準値 | 基準値 | 基準値 |
テレビ + 交通 + モバイル | 85.7% | 58.6% | 31.0% |
※出典:2019年 jeki メディア連動性調査
このデータから、3メディアすべてが連動した時に、行動系KPIが大幅に上昇することがわかります。
特にテレビ広告は、この連動フローの「起点(きっかけ)」として機能しており、テレビ広告から「モバイル検索」という能動的なアクションが発生したかどうかが、その後のオケージョン認知の深化に決定的な影響を与えます。
モバイル検索を介したオケージョンの深化
テレビ広告を視聴した後にモバイル検索を行い、さらに交通広告やモバイル広告に接触するという「重層的」なパターンは、極めて高いオケージョン認知率を記録しています。
連動パターン | オケージョン認知率 | 特徴 |
3メディア + モバイル検索(交互連動) | 98.8% | 最大限の認知深度を実現。大規模キャンペーンの理想形 。 |
交通 + モバイル検索 + モバイル広告 | 96.1% | 交通広告でオケージョンを付与し、即座にデジタルで刈り取る強力なフロー 。 |
テレビ広告単体では達成しにくい「深い行動系KPI」への接続は、検索行動を挟むことで強化されるのです。
テレビの広範なリーチに、検索という能動行動を挟み、さらに他のメディアで再度接触することで、ブランドの記憶が「それぞれのメディア特有のオケージョン(リビングでのリラックス、駅での移動時間、隙間時間のモバイルチェック)」と多層的に結びつきます。
テレビ番組提供広告における「質の高い認知」の構成要素
広告業界において長らく議論されてきた「認知の質」を、オケージョン認知の観点から分解すると、番組提供広告(タイム広告)がなぜ他と比較して優位にあるのかが見えてきます。
提供表示によるブランド再認効果
タイム広告に特有の「提供表示(番組前後の読み上げとロゴ提示)」は、視聴者に対してCM本編とは異なる角度からブランドを再認識させます。
これは番組の一部として扱われるため、番組に対する好意や期待感がそのままブランドへのポジティブな感情へと転移し、オケージョン認知をより強固なものにすると考えられます。
長尺CM(30秒以上)の活用
タイム広告では、30秒以上の長尺CMを放送することが一般的です。
15秒のスポットCMが情報の瞬発力を重視するのに対し、30秒以上の枠は「ストーリー」や「世界観」を伝えることに適しています。
オケージョン認知を形成するためには、単なる商品告知だけでなく、視聴者がそのブランドが存在するシーンに没入するための「物語(コンテクスト)」が必要です。
タイム広告はこの物語を構築するための十分な時間的余裕を提供できるのです。
ターゲット構造に応じた最適化
特定の「限定ターゲット市場」に向けた商品(例:スポーツカー、高級腕時計)にとって、番組提供広告は極めて有効です。
その番組を熱心に視聴しているコアな層に対し、番組の世界観と一貫性のあるメッセージを届けることで、単なる「知っている」状態を超えた、深い「憧れ」や「共感」を伴うオケージョン認知を創出できる可能性が高いためです 。
実務的なプランニングへの応用とデータ活用の進化
オケージョン認知という指標を実務で生かすためには、どの番組がどのようなオケージョンを提供しているのかを精緻に分析する必要があります。
電通などの大手広告代理店では、独自のデータツールを用いてこの分析を高度化させているようです。
次世代のテレビプランニング・ツール
番組選定において、従来の世帯視聴率に代わる、あるいは補完する指標として以下のツールが活用されている 。
ツール名 | 分析の視点 | オケージョン認知への貢献 |
People Driven Score(意識データ) | 番組に対する特定の興味・関心層の含有率を可視化。 | ターゲットが最も心理的没入を得やすい「オケージョン」を特定する。 |
People Driven Score(購買データ) | 実際の購買行動データと視聴率を連携。 | 購買に直結しやすい行動特性を持つ層が視聴する番組を選定する。 |
番組フォーメーションチェッカー | 複数番組の組み合わせによる統合リーチと重複をシミュレーション。 | 複数のオケージョンを網羅的にカバーするメディアプランを設計する。 |
※電通報 2021.5.27「タイム広告を効果的に使いこなす4つのアプローチ」より
これらのツールを活用することで、広告主は「誰に伝えたいか」だけでなく、「どのような気分で、どのような行動の直前に、どのような文脈で伝えたいか」という、オケージョン認知の最大化を狙ったプランニングが可能になります。
オケージョン認知の「キープ効果」と長期的ブランド価値
ジェイアール東日本企画の研究では、オケージョン認知のもう一つの重要な特性として「キープ効果(長期維持)」が挙げられています。
生活動線上での継続的接触
特に交通広告を組み合わせた場合、テレビ広告で形成された華やかなブランドイメージが、日々の移動という「変わらないルーチン」の中で繰り返しアップデートされ続けます。
これにより、ブランドへの購入意向等を年間通じて良好な状態に保つことができると考えられます。
テレビの番組提供広告においても、毎週の放送が視聴者のルーチンの一部となることで、この「キープ効果」が発揮されます。
リーセンシー効果とのシナジー
オケージョン認知は、広告接触後の意欲や行動の変化と深い関連性があり、特に購買行動の直前に記憶を呼び起こす「リーセンシー効果」を最大化させます。
移動中というオンの状態にある生活者に、テレビで認知したブランドを交通広告で「再発見」させるフローは、オケージョンを幾重にも重ね、ブランドを「生活の一部」として定着させる戦略的価値があります。
今後の展望:オケージョン認知2.0と心理学的メカニズムの解明
2015年の発表から時を経て、元ジェイアール東日本企画の緒方敦氏は「オケージョン認知2.0」の研究再開を宣言しています。
これまでの研究が「オケージョン認知が存在すること」と「行動率との有意な相関があること」を大規模な定量的調査(14カテゴリにおよぶ)によって帰納的に証明してきた段階であったのに対し、これからはその「メカニズム」を心理学理論を用いて演繹的に解明することがテーマとなっています。
心理学による理論的補強
今後の研究では、広告の認知深度がいかにして「態度変容の頑健性」に寄与するかが明らかにされる予定です。
指導を担当した大学教授からも、オケージョン認知の効果は「頑健性が高い」と評価されており、一度形成されたオケージョン認知は、単なる情報の記憶よりも忘れにくく、かつ競合ブランドの情報に左右されにくい性質を持っている可能性が示唆されています。
デジタル変革(DX)との融合
また、交通広告におけるデジタルサイネージ(JAD)への移行や、テレビのコネクテッドTV化、プログラマティック配信といったテクノロジーの進化により、オケージョンの「動的な制御」が可能になりつつあります。
気温、時間帯、混雑状況などに応じたダイナミックなクリエイティブ配信は、オケージョン認知を意図的に作り出し、最大化させるための強力な武器となるでしょう。
結論:オケージョン認知によるテレビ番組提供CMの効果説明の妥当性
本レポートの主題である「オケージョン認知は、テレビの番組提供CMの広告効果を説明できるか」という問いに対し、提供された研究データと理論的枠組みは、極めて肯定的な回答となっています。
オケージョン認知理論は、テレビ番組提供広告の広告効果を、以下の三つの観点から鮮やかに説明できます。
第一に、「認知の質の定量化」です。
従来のリーチ指標では捉えられなかった、番組提供という形態がもたらす「没入」や「信頼」といった質的な価値を、エピソード記憶との結びつきという形で可視化しています。16.7%というテレビ広告のオケージョン認知率は、交通広告には及ばないにしても、テレビが依然として生活者の「記憶の風景」を作る有効なメディアであることを証明していると考えられます。
第二に、「行動喚起(KPI)の予測精度向上」です。
オケージョン認知した層は、検索意向、推奨意向、購入意向のすべてにおいて有意に高いスコアを示す。これは、番組提供広告が特定のターゲットに深くリーチし、彼らの自発的な行動(検索やSNSでの拡散)を引き起こすメカニズムを論理的に裏付けるものです。
第三に、「メディア連動の最適解の提示」です。
テレビ広告を起点とし、モバイル検索を介して交通広告やデジタル広告へ繋げる重層的なアプローチが、オケージョン認知率を98.8%まで高めるという事実は、現代の複雑なメディアプランニングにおけるテレビの「真の役割(トリガーとしての価値)」を再定義します。
結論として、オケージョン認知は、テレビ番組提供CMの持つ潜在的な力を「状況と記憶の結合」という視点から論理的に説明し、次世代の広告戦略を構築するための強力な評価指標であると言えます。
広告主やプランナーは、単に「何回見せるか」という議論から脱却し、いかなる豊かな「オケージョン」の中で生活者と出会い、その記憶をいかに継続的にアップデートしていくかという、オケージョン・ドリブンな思考を持つことが求められているのです。
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