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マーケティング・サイエンスの観点からオケージョン認知をみる

更新日:2 日前


1.従来の広告認知度指標の限界


現代のマーケティングコミュニケーションは、認知度獲得から行動喚起(Action-oriented communication)へと重点を移行させています。

しかし、従来用いられてきた広告効果測定指標、例えば純粋想起や助成想起は、消費者が広告メッセージを記憶しているかという記憶の「量」や「存在」を測るには適していますが、その記憶が、特定の時間や場所といった文脈において、消費者行動をどの程度トリガーするかという記憶の「質」を評価することには限界がありました。

特に、購買行動や情報探索意図が特定の状況や場面に強く依存する場合、この記憶の質の測定が不可欠となります。


オケージョン認知開発の背景と目的


交通広告(OOHメディア)は高いリーチポテンシャルと接触機会を提供する一方で、その効果測定はGRPや推定接触者数といった古典的な指標に留まり、デジタル広告のインプレッションに見られるような、簡易に測定ができ、定量把握が可能な行動系KPIとの連携指標が不足していました 。

株式会社ジェイアール東日本企画(jeki)は、この測定のギャップを埋めるべく、交通広告の独自の効果特性を最大限に生かす新たな広告評価指標として、「オケージョン認知」を開発し、その概念を発表しました 。

この指標の導入は、交通広告のプランニングにおける戦略的な意思決定の支援を目的としています。   



2. オケージョン認知の理論的基礎と概念の明確化


A. 厳密な定義と測定概念


オケージョン認知は、jekiによって学術的な監修のもと、厳密に定義されています。

「広告そのものについての記憶が、その広告に接した時の状況や場面の記憶と結びついた形で保持されていること」    

この定義が示唆するのは、広告メッセージの記憶(何を)と接触時の文脈(いつ、どこで)という二つの独立した要素が、極めて強固な関連性を持って記憶の貯蔵庫に符号化されている状態です 。

例えば、「残業帰りに電車の中で見たビールの広告」や「友達と渋谷駅のホームで見たバーゲンのポスター」のような具体的な時間と場所の要素が付随した記憶として、保持されます 。   


B. 認知心理学における理論的裏付け


オケージョン認知の概念は、単なるマーケティング用語ではなく、認知心理学における強固な理論的基盤、特に「文脈依存性記憶(Context-Dependent Memory)」および「符号化特定性原理(Encoding Specificity Principle)」と深く関連しています。


 ①記憶符号化の特定性: 人間の記憶は、情報が学習された際の環境や状況(オケージョン)

            を記憶の一部として符号化します。

 ②想起の効率: 記憶を思い出すプロセスは、想起しようとする状況(例:喉 が渇いた、

        買い物を検討している)と、情報が記憶された時の状況(オケージョン)

        が一致したときに、最も効率的かつ強力に機能します。


この理論的関連性から、オケージョン認知は、単にブランドの記憶の強さを測るのではなく、行動を誘発する文脈的なきっかけ(トリガー)の強さを測定していると解釈されます。消費者の購買行動や情報探索は、特定の状況(例:移動、休憩、特定の場所への到着)によって誘発されることが多いため、広告記憶がその状況と結びついている(オケージョン認知がある)ほど、状況が活性化された際に広告記憶が喚起され、行動意図への変換効率が著しく高まることになります。


C. オケージョン認知と従来の指標との差異


従来の認知度指標は、広告情報という単一の「ノード(節点)」が記憶に残っているかを確認するものでした。

一方、オケージョン認知は「広告ノード」と「状況(場面)ノード」を結びつける「リンクの強度」を測定するものです。

状況ノードが活性化された際に、このリンクが強固なオケージョン認知を持つ場合、広告ノードとその付随する行動意図が強力に活性化されます。

この構造的な違いが、オケージョン認知が行動喚起の強力な予測因子となる理由であり、記憶の「量」ではなく「質」(すなわち、文脈との関連性)を測る点に有用性があります。



3. 定量調査に基づく有効性の検証:態度変容との関連


A. 調査の設計とデータの信頼性


ジェイアール東日本企画は本指標の概念発表にあたり、青山学院大学経営学部の久保田進彦教授の監修のもと、全2回の定量調査を実施しました 。

調査は、交通広告とテレビCMを対象とし、茶系飲料の広告についての効果を測定することで、媒体間の比較とオケージョン認知の汎用性を検証しました 。

第三者である久保田教授の監修は、本研究データの客観性と学術的な妥当性を高めています。   


B. 態度変容KPIへの影響の深度分析


調査結果は、オケージョン認知が強い行動喚起力を有することを定量的に証明しています。交通広告とテレビCMのいずれの場合においても、オケージョン認知した人の方が、検索意向、推奨意向、購入意向といった態度変容率の高い傾向が明確に示されました 。   

特に交通広告においては、オケージョン認知の達成が、行動意図の劇的な増加と関連しています 。

以下の表は、オケージョン認知達成群と非達成群を比較したA/B値(オケージョン認知達成者が非達成者と比較してKPI達成率が何倍になるか)を示しています。   


■ オケージョン認知の有無による態度変容率の比較(交通広告)

測定項目 (KPI)

交通広告 (オケージョン認知あり) (A)

TV CM (オケージョン認知なし) (B)

A/B値 (交通広告)

検索意向

62.0%

19.1%

3.12

推奨意向

78.3%

20.4%

3.84 (2.64, 3.52) *

購入意向

82.6%

38.0%

2.17 (1.58, 3.50) *

特定KPI (店頭での検討/衝動買い意向)

52.2%

データ欠損/低値

4.86

*注:推奨意向と購入意向のA/B値には、出典元に複数の異なる数値が存在するため、代表的な数値を引用しつつ、高い優位性を示している点を強調する。

A/B値の分析から、オケージョン認知達成者は、特定の行動系KPIにおいて非達成者に比べて3倍以上の達成率を示すことが確認されます。

例えば、推奨意向においては、オケージョン認知達成群は非達成群の約3.84倍という圧倒的な数値を記録しており、オケージョン認知が単なる「見た記憶」ではなく、「他者に勧めたい」あるいは「購買したい」という、具体的な行動へ繋がる強い意図と結びついていることを裏付けています 。   


C. オケージョン認知が行動意図を増幅させるメカニズムの解明


オケージョン認知は、広告効果のファネルにおいて、認知から態度変容への移行を加速させる仲介変数として機能します。

特に「特定KPI」でA/B値が4.86という極めて高い数値を示している事実は、オケージョン認知が、特定の状況下での行動誘発に対して非常に高い感度を持っていることを示唆します。

オケージョン認知によって記憶と文脈が結合されると、消費者が実際にその文脈(オケージョン)に遭遇した際、「この状況だから、あの広告の商品を購入しよう」という、通常の購入意向よりも行動への変換率が高い「実行意図(Implementation Intention)」が強力に生まれると考えられます。

この実行意図の強さが、オケージョン認知の定量的な優位性、すなわち行動変容率の劇的な増加を生み出しているメカニズムです。



4. 媒体特性に基づく効果差異のメカニズム解明


A. 交通広告におけるオケージョン認知の優位性


定量調査の結果、交通広告の方がテレビCMよりもオケージョン認知と態度変容との関連性が高い傾向が見られました 。

この媒体間の効果差異は、メディアの接触環境の特性に起因するものであり、オケージョン認知が交通広告の持つユニークな価値を測定していることを示します。   


 ①接触環境の固定性と反復性: 

  交通広告は、特定の駅・特定の路線・通勤経路といった物理的かつ時間的な文脈が極め

  て安定しており、反復的な接触が可能です。

  この安定した環境下での反復接触が、記憶とオケージョンの強固な符号化(オケージョ

  ン認知の形成)を促進します。


 ②ニーズとの高い関連性: 

  交通広告の接触場所は、移動・労働・消費活動といった特定の行動の起点・終点に位置

  します。

  そのため、商品やサービスに対する潜在的ニーズ(例:疲労回復、水分補給、気分転 

  換)が喚起されやすい状況と広告が直結しやすく、記憶とニーズの結びつきが強化され

  ます。


B. TV CMとの比較分析:文脈の特殊性の欠如


一方、テレビCMの視聴環境(自宅、リビング)は普遍的で、移動中のような特殊な状況や気分に強く結びつく「オケージョン」としての特殊性が低いと評価されます 。

また、自宅での視聴は、スマートフォン操作や家族との会話など、他の刺激(マルチタスキング)による注意分散が発生しやすく、記憶と文脈の強固な結合(オケージョン認知形成)が妨げられやすい傾向があります。   

オケージョン認知は、交通広告が持つ「特定の場所と時間に紐づいた行動喚起力」という、これまでGRPや単純認知度では捕捉できなかったユニークな特性、すなわち真の付加価値を定量的に可視化することに成功した指標であると言えます。

この検証結果は、OOHプランニングの戦略を、単なるリーチの「量」の追求から、「文脈一致」による記憶の「質」の最適化へとシフトさせる強力な根拠となります。



5. 行動喚起におけるマルチメディア連携戦略


A. モバイル連携による効果の最大化


オケージョン認知は、単一媒体の効果測定に留まらず、クロスメディアにおける相乗効果(Synergy effect)の検証にも応用されています。

2018年のjekiの調査では、交通広告とモバイル広告を連動させた際のオケージョン認知の効果が検証されました 。   

調査結果によれば、交通広告とモバイル広告の双方でオケージョン認知が達成されている層は、単一媒体のみでオケージョン認知が達成されている層と比較して「ショッピングサイト訪問行動率」が3倍以上になるなど、行動系KPIの全てにおいて高い数値を示しました 。   

これは、オケージョン認知が、複数のメディアチャネルを横断して記憶が統合・強化されるプロセスを測定していることを示唆します。

交通広告で形成された文脈依存性の記憶が、モバイル広告で再活性化され、行動への意図が大幅に増幅された結果であると考えられます。


B. 最適な接触シーケンスの考察


調査では、行動喚起において最も効果的な接触順序は、「交通広告 → モバイル検索 → モバイル広告」の順であることも示されています 。

この順序は、各メディアが担う役割分担が最適化されていることを示します。   


 ①交通広告(きっかけ情報):

  移動中の文脈において、購買の種となる初期の「きっかけ情報」を植え付け、オケージ

  ョン認知の土台を形成します。

 ②モバイル検索:       

  交通広告によって潜在的な購買意向が能動的な情報探索行動へと移行するブリッジとな

  ります。

 ③モバイル広告(詳細情報): 

  既に交通広告で形成されたオケージョン認知によって再活性化された記憶に対し、「詳

  細情報」や具体的なオファーを提供します。

  これにより交通広告とモバイル広告の情報が連動し、購入意向がさらに高められると考

  えられます 。   


この連携戦略の成功は、交通広告のオケージョン認知が、文脈提供による「記憶の土台」を作り、モバイル広告のオケージョン認知が、その記憶を具体的な情報で「上書き・強化」し、行動への確実性を高めている構造を示します。

行動系KPIが3倍以上という劇的な効果増幅は、単に接触機会が増えたためではなく、情報が行動変容を促す最適なタイミングと形式で、既に形成された文脈的記憶に紐づけられて提供された結果であると評価されます。



6. 戦略的意義と実務への応用提言


A. 交通広告プランニングへの導入価値


オケージョン認知は、これまで効果指標が不足していた交通広告のプランニングにおいて、中心的な指標として機能する可能性を持っています 。   

オケージョン認知の導入により、プランニングの焦点は、従来のリーチ・フリークエンシー中心から、オケージョン認知に基づく「文脈一致」中心へと移行します。

これは、限られた予算内で最大の行動喚起効果を得るための、より洗練されたプランニングを可能にします。

具体的には、広告掲出場所や時間帯の選択において、ターゲット層の行動が活性化されやすいオケージョンと一致する場所を優先的に選定する、状況的ターゲティングの精度が向上します。

jekiの担当者も指摘するように、オケージョン認知は「簡易に測定ができ、定量把握が可能な効果指標」として、交通広告の特性を最大限に生かし、活用していくことができると考えられます 。   


B. 広範な行動喚起型マーケティングへの適用可能性


久保田教授も言及しているように、オケージョン認知の概念は、交通広告に限定されず、行動喚起についての有効な効果指標となる可能性があります 。   

特に、デジタルサイネージ(DOOH)や位置情報連動型広告といったOOHとデジタルの融合領域において、オケージョン認知の概念は極めて高い戦略的価値を持ちます。

従来のデジタルマーケティングにおけるパーソナライゼーションは、ユーザーの属性や過去の行動履歴といった「静的な情報」に基づいて行われてきました。

しかし、オケージョン認知は、それに加えて「現在の状況・文脈」という動的な要素を加えることを可能にします。

この状況的ターゲティングの深化は、特定の場所や時間帯、天候、周辺のイベントといった文脈情報が動的に変化するDOOHにおいて、クリエイティブのリアルタイム最適化(DCO)の指標として機能します。

例えば、あるユーザーが過去に特定の駅で特定の時間帯に広告をオケージョン認知していた場合、次にその周辺でモバイル広告に接触した際、オケージョン認知に基づいた記憶を再活性化させるメッセージを表示することで、他の広告よりもはるかに高い行動率を実現できるのです。



7. 結論と今後の研究課題


A. オケージョン認知の総合評価


ジェイアール東日本企画が提唱し、久保田教授の監修のもとで検証された「オケージョン認知」は、マーケティングサイエンスの観点から見て、極めて有効な広告効果指標であると結論付けられます。


 ①学術的妥当性: 

  認知心理学における符号化特定性原理に裏打ちされており、理論的基盤が強固です。

 ②実証的な有効性: 

  定量調査で、非オケージョン認知群に対して態度変容KPIの達成率が平均2倍以上・特

  定の行動KPIでは3倍以上の優位性を示し、その行動喚起力が証明されました。

 ③戦略的価値: 

  交通広告の測定困難性を克服するとともに、媒体特性を最大限に生かす新たな評価軸

  を提供し、マルチメディア戦略(交通広告とモバイル連携)における記憶の相乗効果を

  測定し戦略的な意思決定に資する指標となります。


オケージョン認知は、単に「見た」という事実を測る過去の指標から、「行動に結びつく質の高い記憶」を測る、未来志向の行動喚起指標への転換を示すものです。


B. 今後の研究課題


オケージョン認知の活用をさらに深化させ、その有効性を確立するためには、以下の領域での研究の継続が必要となります 。   


 ①カテゴリ横断的な検証: 

  現状、茶系飲料の検証結果に大きく依存しているため、耐久消費財やサービス業・エン

  ターテイメントなど、異なる購買プロセスや関与度を持つ商品カテゴリにおけるオケー

  ジョン認知の予測力と行動変容への影響を検証することが必要です。


 ②記憶の減衰率の分析:

  オケージョン認知によって形成された文脈依存性記憶が、時間経過とともにどの程度持

  続し、行動喚起力がどれだけ維持されるのかを明らかにするため、長期的なトラッキン

  グ調査による記憶の持続性(減衰率)の分析が必要です。


 ③クリエイティブ要素とオケージョン認知形成の関係: 

  どのようなクリエイティブ要素(メッセージの形式・色・構成)が、記憶と文脈の結

  合、すなわちオケージョン認知の形成に最も効率的に寄与するのかを特定し、クリエイ

  ティブ開発とメディアプランニングの最適化に繋げる研究を深める必要があります。


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